1973年・九州に残る最後の蒸気機関車を訪ねて

新年おめでとうございます。いつもこのブログにお立ち寄り頂きありがとうございます。本年も宜しくお願いします。

さて、今回は年末の大掃除で見かけた古いアルバムとスクラップブックから幾つかご紹介する。保存状態が悪い小さな写真からスキャンした為、鑑賞に堪えうるものではないがご容赦願いたい。

今から40年前、1973年(昭和48年)と言えば、第一次オイルショック、日航機ハイジャック事件、金大中事件、ベトナム戦争終結・・・と重大ニュースが目白押しの年であった。ちなみにイチローと宮沢りえが生まれ、山口百恵がデビューした年でもある。

日本国内では無煙化が進み蒸気機関車は風前の灯であった。関東地方には既に蒸気はなく、本州では山陰・東北に僅かに残るのみ。中学2年生だった私は、消えゆく蒸気機関車を一目見ようと、鉄道好きな同級生5名と九州へ向かった。当時から鉄道ファンは多く、本格的な機材を携え撮影に勤しんでいたが、我々は三脚も持たず片手にカメラ、片手に九州周遊券を持ってリュックサックで出陣。今考えると親もよく許可したものだと思う(笑)

【日程】
1日目: 横浜+++小田原++(新幹線)++京都++++(寝台急行・天草)+++車中泊
2日目: +++小倉+++後藤寺+++(後藤寺線・田川線撮影)++++博多(ユースホステル泊)
3日目: 博多+++++西鹿児島++++日南(ユースホステル泊)
4日目: 宮崎+++++(日南線撮影)++++阿蘇(国民宿舎泊)
5日目: 阿蘇+++++(高森線撮影)++++熊本+++(寝台急行・屋久島)+++車中泊
6日目: +++広島(親戚宅泊)、数日滞在し帰宅

今見ると、移動時間が多く勿体ない計画だと思う。しかし、九州でも既にも鹿児島本線等幹線から蒸気が消えており、僅かに残っている田川線、日南線、高森線で活躍する機関車を一目見ようと、苦労してプランを作ったように記憶している。
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今はなき「九州周遊券」。当時、学生の立場だと飛行機で旅行するという選択肢はなく、周遊券は鉄道ファンのみならず、一般の旅行者にも必須のアイテムだった。ちなみにこれはJTBで購入したので右下に「日本交通公社」と記載があるが、国鉄の窓口で購入すると「日本国有鉄道」となる。
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8,100円で東京・九州が往復でき、しかも16日間九州内の国鉄(急行自由席)に乗り放題だった。
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「こだま」の特急券。費用節約の為、新横浜からではなく小田原から乗車し京都で下車しているのが泣かせる。ちなみに、長崎行きの寝台急行「天草」は京都始発であり、新大阪から大阪への移動が不要であるのもポイント。
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寝台急行「天草」で一路九州へ。本来なら特急寝台「さくら」「富士」「あさかぜ」等で九州へ向かう事もできるのであるが、当時はブルートレインの予約が困難だった事、そして費用節約の為に急行を選んだ。当時は新幹線から在来線への乗継割引があり、乗継の急行・寝台券が半額で購入できたのである。
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早朝小倉に到着し、後藤寺駅(現・田川後藤寺駅)へ向かい、最初に撮影した1枚。当時の後藤寺駅は、9600型蒸気機関車牽引の石炭輸送列車が頻繁に発着し、隣接する機関庫には多数の蒸気が待機していた。9600は大正時代の代表的な貨物用機関車で、キュウロクの愛称で親しまれていた。
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後藤寺駅構内では次々と貨物列車を牽引する蒸気機関車が発着。背景のディーゼルカーも国鉄塗装で懐かしい
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入替作業中の49679。後藤寺機関区には最後まで蒸気機関車が残っていたが、我々が訪れた翌年(1974年(昭49年))の12月無煙化された。

尚、残念ながらこの写真だけでは当時の後藤寺機関区の熱気が伝わらないと思う。当時の懐かしい風景はこちらのサイトご参照。

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田川線・油須原駅で記念に切符を購入。
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翌日、博多から急行で西鹿児島へ向かう。朝食は博多駅で購入した「かしわめし」 200円。
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八代駅で購入した冷凍みかんのゴミ袋。40年間よく保管しておいたものだと自分でも感心するが、これが鉄道ファンにとってはフツーの鉄活動の一部(笑) 「交通道徳--文化の尺度」、「車内は我が家」というスローガンは「昭和」を感じさせて味わい深い。

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宮崎・青島「宮崎県青年会館ユースホステル」の予約確認。往復ハガキで申し込み、予約確認が返送されてくるというシステムだった。当時はユースホステル全盛時代で、宿泊料金は400円。学生の貧乏旅行の味方だった。
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日豊本線で客車を牽引していたC57 117号機。これは1973年(昭和48年)4月、宮崎植樹祭が開催された際、蒸気としては九州最後のお召列車を牽引した由緒ある機関車。プレートが赤く着色されているのに注目。「C57117」で検索すると、現在動輪が祐天寺に保存されている事が判明(詳細はこちらへ)

ちなみに、鉄道ファンで知られる民主党の前原誠司氏のブログに、このC57 117号機の出会いについて熱く語っている記事あり。非鉄の方々にはチンプンカンプンでしょうが、鉄道に対する熱い想いが伝わってくる文章は一読の価値あり(こちらへ)。
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さて、所変わって阿蘇山麓を走る高森線の風景。写真ではわかりにくいが、客車の前に荷物車が連結された「混合列車」となっている。現在は第三セクターにより「南阿蘇鉄道高森線」として運行されている。当時の高森線の懐かしい風景はこちら
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当時の高森線のダイヤ。6往復のうち4往復が客車で、蒸気機関車が牽引する車両であった。
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高森駅で折り返しを待つ機関車C12 208号。ちなみにこの機関車はのちに大井川鐡道に搬送されたが、他の動態保存機でのスペア部品用としての役割であった(涙) 部品の多くは、今も大井川鐵道の他の蒸機たちの部品の一部に生まれ変わって活躍中という裏話がある。

【ひとこと】
・当時の写真、切符そして弁当のラベルを見ると感慨深い。あの頃はフィルム1本、カラー写真1枚のプリントが高価だったので、一枚一枚悩みながら撮影していたのも懐かしい思い出である。今のようにデジカメで気楽に何枚も撮り、その場で結果が見られる時代が来るとは想像もできなかった。ネガを廃棄してしまったのが惜しまれる。

・しかし40年が経過しても自分がやっている事が当時と殆ど変らない事に感心する(笑)。何とかして費用を最小限に抑え、限られた旅行日数を最大限に活用しようとする努力・・・・今後も暫くは(永遠に?)飽きもせず続けていくのだろう。
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・鉄道と山を求め、自由気ままに歩き回りたい・・・最近はアジアの乗り鉄、撮り鉄を楽しんでいます。また山登りも、自分の体力・技術にあわせ学生時代から続けています。
・このブログに立ち寄って頂きありがとうございます。鉄道と山の魅力が少しでも伝われば幸いです。
・ちなみにNam Tokとはタイ語で「滝」の意味です。そしてタイ国鉄にはNam Tok線があるだけでなく、Nam Tok駅も存在します。更に、タイ料理で肉、ハーブ、炒った米粉を和えたサラダもNam Tok(大好物!)であり、名前に拝借した次第です。

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