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2013.12月 木造駅舎を訪ねて富山地方鉄道へ

「地鉄」こと富山地方鉄道は100km近い路線延長を誇り、営業距離は地方の中小私鉄の中でも群を抜いている。かつては大阪・名古屋から国鉄経由で直通列車が数多く運転されていたが、それも今は昔。

現在は直通列車こそないが、京阪、東急、西武等の車両が活躍している他、数多くの木造駅舎が補修されながらそのまま使用されており、鉄道ファンならずとも興味深い路線である。昭和の雰囲気を求め、「大人の休日倶楽部パス」を利用して、日帰りで訪れてみた。
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(左)電鉄富山駅に停車する車両。左が14760系、右が17480系(東急大井町線で使用されていた、東急8590系) (右)14760系側面の地鉄ロゴ
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電鉄富山駅にて。特急列車等の昔のヘッドマークが展示されている。
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14760系の内部。1981年製造で富山地方電鉄では初の冷房車との事。DSC_0358.jpg
本線と立山線が分岐する寺田駅は富山から約10km。屋根から小さな三角屋根が突き出ておりモダンな雰囲気。駅開業の昭和6年(1931年)築。
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(左)昭和な雰囲気の駅名標 (右)10030系は京阪電鉄の3000系特急電車の車体と営団地下鉄の走行装置を利用し1991-1996年にかけて製造された。
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(左)沿線の駅にはこのような看板が数多く残る (右)本線と立山線と分岐にある駅舎は駅本屋以上に存在感がある。鶴見線の浅野駅を彷彿とさせる。
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立山線の下段駅は昭和11年(1936年)開業。駅は片面ホームで、駅舎の近くは石組みの古いものが使用されており、歴史を感じさせる。
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釜ヶ淵駅の駅舎とホーム。駅は大正10年(1921年)開業。漆喰で「釜ヶ淵驛」と形作られているのが印象的。DSC_0420.jpg
北アルプス・薬師岳方面への登山口、有峰口駅は昭和12(1937)年開業。上部には昔の駅名「小見驛」の名残が。
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有峰口駅にて。昭和の佇まいが残る待合室、ホームが残されているのは駅舎ファンにとって堪らない。
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岩峅寺駅は上滝線と立山線の分岐にある。神社風のモルタル造りであるが、2009年の映画「劍岳・点の記」では富山駅として使用された。
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(左)縦書きの駅名表示 (右)16010系は旧西武のレッドアロー号。2011年の映画「Railways 愛を伝えられない大人たちへ」の公開を機に改装され、水戸岡鋭治氏のデザインによる「アルプスエキスプレス」となった。
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 (左)外装・内装とも水戸岡デザインのロゴが入る。内部はゆったりとしたシートが並ぶ。
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(左)稲荷町駅に停車していたデキ12020形電気機関車 (右)最後に富山駅にて白えび天丼+白えび刺身を賞味

【ひとこと】
・日本全国から木造駅舎が消えていき、大多数が画一化された駅舎・駅名標に変わっていく今、地方の私鉄でこのような駅舎が大事に保存されているのは嬉しい限り。
・来年は北陸新幹線が開業し、東京から富山の所要時間は2時間10分との事。昭和の雰囲気と、富山の新鮮な魚を味わいに、また近々訪れてみたい。

LCC+青春18きっぷで北海道へ(Day3 爆弾低気圧でJR運休~最大のピンチ)

天気予報では、爆弾低気圧が北海道を通過するのは昼過ぎとの事。北海道行きの飛行機は午前中運休らしい。しかし午後は運行開始する事を期待し、釧路を5:45の各停で出発した。
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早朝の釧路駅1番線。久々に訪れたが、雰囲気は30数年前とあまり変わっていなかった。
R0017690.jpg R0017693.jpg5:45発の各駅停車に乗車したのは5人。この列車は帯広から快速「狩勝」となり、滝川に12:56到着予定。
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厚内着7:16、雨はまだ弱い。ここで下りの釧路行各停(乗客ゼロ!)と交換。
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池田到着8:11。この頃から雨と風が激しくなる。傘が役に立たず、ホームにも雨が吹き込んで濡れていた。
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池田駅で、午前中の特急列車が運休となった事を知る。乗車していた滝川行は引続き運転され、帯広に8:58定時に到着。しかし天気はますます悪化し、ここで運転打切り。午後の特急運転再開を期待して待っていたが、10時頃「本日の特急は全て運休」が早々と決定され、途方に暮れる。これでは月曜日出社できない・・・

しかし駅員から札幌行、新千歳行のバスがあるという情報を得て、祈るような気持ちでバスターミナルへ。札幌行は全て満席だったが、14:00の新千歳行に僅かに空きがあるとの事で迷わず予約。これで空港迄は辿り着けそうだ。あとは飛行機が飛ぶ事を祈るのみ・・・・
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バスが発車する14時まで手持無沙汰。駅前の元祖豚丼「ぱんちょう」で食事をしたり、駅近くの温泉に入ってのんびり過ごす。
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救いの手を差し伸べてくれたバス。乗れなかった事を想像すると冷汗がでる。帯広・新千歳を約2時間15分、3,500円で結んでおり、座席の配列は1+1+1と余裕あり。ちなみにJR北海道「スーパーおおぞら・スーパーとかち」の所要時間は約2時間と僅かに早いが、自由席で5,400円程と割高、しかも天候の影響を受けやすい。うーん、これでは乗客はバスに流れてしまうのでは・・・がんばれJR北海道!
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(左)新千歳空港のJetstarターミナル16:30着。既に風雨はおさまり、夕方以降の飛行機の運行は支障無との事で一安心。フライトまであと3時間あり、空港を楽しむ事としよう。 (右)新千歳空港には何と温泉施設が!露天風呂とサウナでのんびりした後は、奮発してマッサージ・・・3日間の疲れをとる。
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新千歳空港は土産物、レストランも充実。海産物を扱う店が並ぶ「どさんこ産直市場」には、職人さんに握ってもらう立喰寿司があり、寿司5貫がワンコイン(500円)で手軽に楽しめるのは嬉しい。その他、ラーメン道場、ジンギスカン、スイーツ・・・・一大テーマパークのようだ。
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Jetstarの搭乗口は、JAL, ANAは勿論、何故か他のLCCよりも一番遠くにある。英語・中国語・韓国語の他、ロシア語があるのが北海道らしい。
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爆弾低気圧も遠ざかりつつあり、10-15分程度の遅れで収まりそうだ。そして成田に21時30分前に到着。これで明日の朝は何食わぬ顔で出勤できる。
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今回使用した青春18きっぷ。11,500円に対し、25,000円弱乗った計算になる。(ちなみに、JRの運休がなければ、30,000円近くは乗る予定だった・・・)

【ひとこと】
・片道2,890円に釣られて実現した今回の北海道旅行。天気が不安材料だったが、予想通り爆弾低気圧の通過日に的中してしまうとは、日頃の行いが悪いのか・・・・(汗) 何とか無事に帰宅できたのは、ラッキーというしかない。
・それでも、LCCと青春18きっぷを利用した今回の北海道旅行。頻繁に訪れていた1970-80年と比較すると変わった点も多いが、北の大地ならではの魅力はそのままだった。LCCのお蔭で気軽に行けるようになった今、釧網本線や、宗谷本線の乗り鉄、秘境駅、そして廃線跡(*)巡り・・・また頻繁に訪れる事になりそうな予感がする。

(*)北海道新聞社から「北海道の鉄道廃線跡」という本を見つけ、ついつい衝動買い。詳細はこちらへ。

LCC+青春18きっぷで北海道へ(Day2 岩見沢駅再訪+日本最長距離を走る根室本線各停)

Day2: <Part1> 鉄道の街・岩見沢の駅舎
さて二日目は早起きして札幌6:00発の旭川行き各停921Dに乗車。函館本線は電化されているにも拘わらず、ディーゼルカーが運用に回されている珍しい列車である。
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(左)早朝の札幌駅は人もまばら (右)まずは岩見沢駅へ向かう。札幌発6:00、岩見沢到着は6:55。
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岩見沢駅は北海道内で最古の鉄道である幌内鉄道の主要駅として開業。北海道の鉄道網が広がるのに伴って、小樽-岩見沢間は国鉄・函館本線に組込まれたが、戦後の高度成長期に増大した貨物輸送を支えるため、東日本最大の操車場が存在した。私が前回訪れた1970年代後半は、蒸気機関車がまだ多く活躍していた。
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(左)2000年12月、漏電による火災で旧駅舎が全焼。現在の駅舎は一般公募型のコンペによりデザインを採用し、2009年3月に全面開業、その年のグッドデザイン賞を受賞した。(右)外壁のレンガには自分のイニシャルを刻印する「岩見沢レンガプロジェクト」が。知っていれば是非参加したかった・・・
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(左)2011年には鉄道関連デザインの国際コンペティション「ブルネル賞」も受賞。 (右)鉄道の街らしく、駅連絡橋のコンクリートの壁には、線路を使用したオブジェが展示されている。
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駅の南北を結ぶ立派な跨線橋。大部分がガラス張りとなっており、岩見沢駅前の街並みや駅構内の風景を一望できる。昔はこの広い駅構内の至るところで蒸気機関車が活躍していた事を思い出すと、感慨深い。
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跨線橋を渡り駅の北口にはJR北海道の施設が。これは岩見沢運転所の建物。
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(左)旧北海道炭礦汽船鉄道株式会社岩見沢工場材修場。外壁には北炭の社紋(五稜星形)が組み込まれている (右)この建物はJR北海道の岩見沢レールセンターとして使われている。
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(左)この建物は近代化産業遺産に指定されている。詳細はこちらへ (右)駅南口にある鉄道部品店 「カラマツトレイン」でみつけたサボ(列車行先札)。いくらするのか知らなけれど、欲しいですな・・・

Day 2: <Part 2> 滝川~釧路「日本で一番長い距離を走る各停」
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岩見沢7:54の各停で、滝川へ8:35着。かつて根室本線には釧路・札幌を結ぶ特急・急行が多く走っており、分岐駅の滝川も賑やかだった。しかしながら新得・新夕張を結ぶ石勝線が開通した現在、根室本線の滝川・新得間は一日の列車本数が上下合わせて約20のローカル線に転落してしまった。ターミナル駅の滝川でさえも、駅の柱にはサビが目立つなど、老朽化が激しい。
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(左)滝川駅正面。タクシーも手持無沙汰。 (右)さて、滝9:37に発車する単行列車(一両編成)、各停2429Dに乗り込む。サボにもこの通り「日本一長い距離を走る定期普通列車」の表示有。この日は土曜日で、滝川駅発車時には15名程の乗客がいた。さて何人が終点迄行くのだろう・・・・
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一駅目の東滝川で、いきなり下り列車との交換で5分停車。先は長い・・・・
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富良野には10:48到着。ここで一両増結され二両編成で釧路に向かう。空いている増結車両へ移動。
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(左)富良野ではおやつを買い込む (中)(右)土曜の昼間、乗客は少ない。車窓を眺め、写真を撮るのに飽きたら、横になるなり、体操をするなり、やりたい放題。意外と疲労はたまらない。
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(左)富良野を過ぎると、右側には芦別岳~夕張岳の稜線が広がる。 (右)落合駅には12:08到着。ここで再び上り列車との交換で13分停車。
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(左)落合駅を出発する滝川行き上り列車 (右)このディーゼルカーは昭和55年製造なので、今年で38年目。
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落合駅舎と、発車を待つ2429D。この時点では快晴だったが、そろそろ天気は下り坂。
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(左)(右)帯広駅には14:10到着。約15分停車するので、駅構内にある帯広名物の豚どんの駅弁を購入。オフシーズンで手持無沙汰のおばさん、850円を800円に負けてくれた。電子レンジで加熱してくれた駅弁を車内で食す。タレと豚肉、ごはんのバランスが絶妙! やはり駅弁は、長い旅路のアクセントとして欠かせない。
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幕別駅では下り特急「スーパーおおぞら」の通過待ち合わせ、上り各停との交換の為、またまた停車。この後、池田を過ぎる頃から雨が降り始める。
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(左)釧路駅には17:39到着。尚、滝川から通して乗車していたのは、自分を含め5名。予約していた駅前の東急イン(オフシーズンで、シングル4,000円)に駆け込む (右)釧路では名物炉端焼を楽しみたかったが、風雨が激しくなってきた為、ホテルのレストランで夕食をとる事に決定。本場のホッケの焼き魚定食とビールで乾杯。

【ひとこと】
・岩見沢駅の新駅舎は、壁面にレンガを敷き詰め、ガラスサッシに古レールを使うという、斬新なアイデア。数々の賞に輝くだけあって、見応えあり。そして立派な連絡橋で線路を渡った向こう側には、赤レンガの鉄道遺跡も見逃せない。残念なのは一般公開されていない事、そして蒸気機関車が見当たらない事・・・・静態保存で構わないので、鉄道の街・岩見沢駅に欠かせない蒸気機関車があれば、そして鉄道遺跡を公開する機会があれば、更に訪れる人が増えるのではないだろうか。
・そして滝川~釧路、308kmを、8時間かけて結ぶ各駅停車2429D。車窓からは北海道の豪雪地帯~狩勝峠越え~帯広付近の平野~太平洋~釧路付近の湿原を楽しむ事ができる。幸か不幸か乗客は少なく、殆どの区間でボックス席を独り占めできるので、予想した程疲労はなかった。青春18きっぷで楽しむには絶好の列車と言えよう。

LCC+青春18きっぷで北海道へ(Day1:初日から3つの試練~留萌本線)

かつて北海道へのアクセスは、鉄道と青函連絡船で一日がかり。それでも北海道の持つ魅力に惹かれ、ある時は蒸気機関車を追い、ある時は登山、スキー、流氷、湿原・・・学生時代を中心に通算で10回は訪れた。

飛行機を使えば土日で旅行する事も可能だが、安い時でも往復3万円、ピーク時は5万円を超える為、度々行けるものではない。しかしLCCが日本の空を変えた今、かなり手軽に行く事ができるようになった。

3月のある日、Jetstarが大分就航を記念にセールをやっているという情報を聞き、HPを見ていると金曜早朝の札幌便が2,890円という信じられない値段が・・・・ 日曜の復路便も6,890円で、往復1万円未満で北海道旅行ができる!

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問題は成田空港の出発が6:05という事。30分前にチェックインが締め切られる為、5:30迄に到着する為には、前泊か深夜バスしかない。

それでも、久々に北海道の鉄道に乗ってみたくなった。ちょうど青春18きっぷの春の利用期間。LCCと青春18きっぷを組み合わせれば、格安で北海道・乗り鉄旅行が楽しめる。この値段であれば行くしかないだろう・・・こうして4月の北海道旅行が急遽実現。だが予想された通り、LCCと北海道鉄路の旅は、全てスムーズに事が進む訳はなく、初日から試練の連続であった。

Day1: Jetstarで新千歳へ~留萌本線の秘境駅と単行列車
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まず第一の試練。朝5:15、成田第二ターミナルのJetstarチェックインカウンターに到着し、自宅でWeb Check-in済の搭乗券を係員に見せると、初便(6:05)が欠航で第二便(7:10)に変更との事。これでは新千歳空港から乗車予定の列車に乗れず、留萌本線の列車にも間に合わない可能性、早くも嫌な予感が・・・
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(左)搭乗券は例の如くレシートのようなペラペラの紙。 (右)成田空港では沖止めの為バスに乗りタラップから乗り込む。ちなみに新千歳空港はボーディングブリッジ利用。
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(左)Startar Plusで500円分のバウチャーがついていた為、ピザ風のスナックと飲み物を頼む。
(右)新千歳空港には定刻より15分程度早く、8:45分には到着。JRで札幌へ向かう。
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青春18きっぷをフル活用する為各停で移動したいのだが、時間がないので札幌から止むを得ず10:00発の特急「スーパーカムイ11号」乗車。しかし、発車直後に信号機故障で隣の苗穂駅で30分停車。時刻表では深川着到着11:02、接続する留萌本線は11:08発なので30分遅れでは当然間に合わない。留萌本線の次の列車は13:23・・・計画が大幅に狂ってしまうという、第二の試練(汗)
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11:08の留萌本線は殆ど諦めていたが、深川到着直前、「スーパーカムイの接続を待って発車する」というアナウンスがあり、胸をなでおろす。スーパーカムイから降りた10人程の客を乗せ、計20名程度で発車。
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(左)ディーゼルカー、キハ54の車内。地元の乗客、旅行者が半々。「いかにも鉄道マニア風」乗客がいなかったのは意外。金曜日だからか? (右)ドアのステッカーには英語・中国語の表示が。北海道のローカル線には、台湾・中国からの個人旅行客も多い事がわかる。
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30分程乗車し、まずは秘境駅「峠下」へ。下車したのは当然1人だけ。駅の周りに人家もなく、秘境駅のの訪問を目的とした旅行者、鉄道ファンしかいないと思われる。ホームの足跡を見ても、ここ数日人が訪れた気配はない。
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峠下は深川・留萌のほぼ中間地点にあり、列車交換ができる、二面二線の駅。かつてはここで蒸気機関車が牽引する列車の交換が見られたかと思うと感慨深い。
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(左)ペンキが剥がれた駅舎に打ち付けられた建物財産標。昭和29年と刻まれていた。
(右)駅舎横の木造倉庫も味わい深い。
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(左)誰もいないひっそりとした峠下の駅舎正面。4月の暖かい晴天の下、思う存分秘境駅を味わう。列車間隔は2時間あり、時間を有効活用する為に12:40発の上り列車で次の目的地へ向かった。
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次に訪れた「恵比島駅」。ここは10年程前のNHK朝の連続テレビ小説「すずらん」の為に、昭和初期の木造駅舎が復元され、現在でも観光客が訪れるという。しかし冬は駅舎も施錠され、ひっそりとしている。ドラマに使われた「明日萌」と、本来の「えびしま」の駅名標が並ぶ、奇妙な風景。地元・沼田町の紹介記事はこちらへ。
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この辺は豪雪地帯で、4月になって雪融けが進んでいるが、駅舎廻りは雪に埋もれている。尚、右に見えるのが貨車を利用した本来の「恵比島」駅舎。
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(左)ドラマにも使用された旅館は、博物館となっている。冬季は閉鎖。あたりに人家はあるものの、鉄道を使うのは高校生と高齢者くらいか。 (右)バス停留所もこの通り雪に埋もれていた。
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恵比島駅13:46発の下り列車で増毛へ。車窓から眺めた留萌本線の味わいある駅舎の数々をどうぞ。 (左)藤山駅の木造駅舎 (右)貨車を利用した大和田駅
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(左)留萌を過ぎると、終点の増毛迄日本海沿いを走る。貨車利用の礼受駅 (右)増毛駅手前の車窓風景
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終点の増毛には14:47着。単行列車と終着駅・・・はるばる北海道に来た事を実感する光景。
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(左)車止めから眺めた風景  (右)キハ54-504は昭和61年新潟鉄工所製造、平成16年苗穂工場改造。
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(左)増毛駅の駅舎。無人駅ではあるが、土産物屋とそば屋(夏季のみ)がある。(右)駅前の食堂は、高倉健主演の映画「駅・Station」に使用された。店内には映画のパネルが飾られているらしいが、冬季は閉鎖。
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(左)さて、増毛駅で1時間程過ごした後、15:48の上り列車で深川へ戻る。留萌駅で10分程停車。
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(左)ひっそりとした深川駅。駅前でラーメンを食べたが、客は1人だけ。(右)各停を乗継札幌へ戻ろうとするが、ここでこの日3つ目の試練。乗車予定の列車が鹿と衝突し約30分遅れ、岩見沢駅で接続予定の列車に間に合わず・・・時間のロスを覚悟したが、札幌迄の乗客は追加料金なしで特急に乗れるという、JR北海道の粋な(?)計らい。到着したスーパーカムイに乗車し、お蔭で予定時間に札幌へ到着する事ができた。

【ひとこと】
・第一の試練(新千歳行き初便欠航)は、天気の影響は考えられず、Jetstar側の都合である可能性が濃厚。1時間の遅れではあるが、予定していた列車に乗れず。このあたりはLCC利用のリスクとして、覚悟しておかねばならないだろう。
・第二の試練(JR北海道の信号故障)には冷やりとさせられた。30分近く遅れ、結果的には留萌本線に接続したので事なきを得たが、もし接続しなかったら秘境駅に降りる事ができず、予定が大幅に狂うところであった。
・そして第三の試練(鹿との衝突)は、北海道ならではのアクシデント。これも特急にタダで乗れたので結果オーライだった。
・いずれにしろ、LCC利用によるリスク、北海道の鉄道遅延(単線区間が多く、遅れが影響しやすい)を十分考慮し、余裕を持った計画+臨機応変の対応が求められる。まあ、この辺りの対応を含め、旅行の面白さではあるのだが・・・


1973年・九州に残る最後の蒸気機関車を訪ねて

新年おめでとうございます。いつもこのブログにお立ち寄り頂きありがとうございます。本年も宜しくお願いします。

さて、今回は年末の大掃除で見かけた古いアルバムとスクラップブックから幾つかご紹介する。保存状態が悪い小さな写真からスキャンした為、鑑賞に堪えうるものではないがご容赦願いたい。

今から40年前、1973年(昭和48年)と言えば、第一次オイルショック、日航機ハイジャック事件、金大中事件、ベトナム戦争終結・・・と重大ニュースが目白押しの年であった。ちなみにイチローと宮沢りえが生まれ、山口百恵がデビューした年でもある。

日本国内では無煙化が進み蒸気機関車は風前の灯であった。関東地方には既に蒸気はなく、本州では山陰・東北に僅かに残るのみ。中学2年生だった私は、消えゆく蒸気機関車を一目見ようと、鉄道好きな同級生5名と九州へ向かった。当時から鉄道ファンは多く、本格的な機材を携え撮影に勤しんでいたが、我々は三脚も持たず片手にカメラ、片手に九州周遊券を持ってリュックサックで出陣。今考えると親もよく許可したものだと思う(笑)

【日程】
1日目: 横浜+++小田原++(新幹線)++京都++++(寝台急行・天草)+++車中泊
2日目: +++小倉+++後藤寺+++(後藤寺線・田川線撮影)++++博多(ユースホステル泊)
3日目: 博多+++++西鹿児島++++日南(ユースホステル泊)
4日目: 宮崎+++++(日南線撮影)++++阿蘇(国民宿舎泊)
5日目: 阿蘇+++++(高森線撮影)++++熊本+++(寝台急行・屋久島)+++車中泊
6日目: +++広島(親戚宅泊)、数日滞在し帰宅

今見ると、移動時間が多く勿体ない計画だと思う。しかし、九州でも既にも鹿児島本線等幹線から蒸気が消えており、僅かに残っている田川線、日南線、高森線で活躍する機関車を一目見ようと、苦労してプランを作ったように記憶している。
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今はなき「九州周遊券」。当時、学生の立場だと飛行機で旅行するという選択肢はなく、周遊券は鉄道ファンのみならず、一般の旅行者にも必須のアイテムだった。ちなみにこれはJTBで購入したので右下に「日本交通公社」と記載があるが、国鉄の窓口で購入すると「日本国有鉄道」となる。
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8,100円で東京・九州が往復でき、しかも16日間九州内の国鉄(急行自由席)に乗り放題だった。
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「こだま」の特急券。費用節約の為、新横浜からではなく小田原から乗車し京都で下車しているのが泣かせる。ちなみに、長崎行きの寝台急行「天草」は京都始発であり、新大阪から大阪への移動が不要であるのもポイント。
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寝台急行「天草」で一路九州へ。本来なら特急寝台「さくら」「富士」「あさかぜ」等で九州へ向かう事もできるのであるが、当時はブルートレインの予約が困難だった事、そして費用節約の為に急行を選んだ。当時は新幹線から在来線への乗継割引があり、乗継の急行・寝台券が半額で購入できたのである。
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早朝小倉に到着し、後藤寺駅(現・田川後藤寺駅)へ向かい、最初に撮影した1枚。当時の後藤寺駅は、9600型蒸気機関車牽引の石炭輸送列車が頻繁に発着し、隣接する機関庫には多数の蒸気が待機していた。9600は大正時代の代表的な貨物用機関車で、キュウロクの愛称で親しまれていた。
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後藤寺駅構内では次々と貨物列車を牽引する蒸気機関車が発着。背景のディーゼルカーも国鉄塗装で懐かしい
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入替作業中の49679。後藤寺機関区には最後まで蒸気機関車が残っていたが、我々が訪れた翌年(1974年(昭49年))の12月無煙化された。

尚、残念ながらこの写真だけでは当時の後藤寺機関区の熱気が伝わらないと思う。当時の懐かしい風景はこちらのサイトご参照。

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田川線・油須原駅で記念に切符を購入。
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翌日、博多から急行で西鹿児島へ向かう。朝食は博多駅で購入した「かしわめし」 200円。
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八代駅で購入した冷凍みかんのゴミ袋。40年間よく保管しておいたものだと自分でも感心するが、これが鉄道ファンにとってはフツーの鉄活動の一部(笑) 「交通道徳--文化の尺度」、「車内は我が家」というスローガンは「昭和」を感じさせて味わい深い。

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宮崎・青島「宮崎県青年会館ユースホステル」の予約確認。往復ハガキで申し込み、予約確認が返送されてくるというシステムだった。当時はユースホステル全盛時代で、宿泊料金は400円。学生の貧乏旅行の味方だった。
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日豊本線で客車を牽引していたC57 117号機。これは1973年(昭和48年)4月、宮崎植樹祭が開催された際、蒸気としては九州最後のお召列車を牽引した由緒ある機関車。プレートが赤く着色されているのに注目。「C57117」で検索すると、現在動輪が祐天寺に保存されている事が判明(詳細はこちらへ)

ちなみに、鉄道ファンで知られる民主党の前原誠司氏のブログに、このC57 117号機の出会いについて熱く語っている記事あり。非鉄の方々にはチンプンカンプンでしょうが、鉄道に対する熱い想いが伝わってくる文章は一読の価値あり(こちらへ)。
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さて、所変わって阿蘇山麓を走る高森線の風景。写真ではわかりにくいが、客車の前に荷物車が連結された「混合列車」となっている。現在は第三セクターにより「南阿蘇鉄道高森線」として運行されている。当時の高森線の懐かしい風景はこちら
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当時の高森線のダイヤ。6往復のうち4往復が客車で、蒸気機関車が牽引する車両であった。
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高森駅で折り返しを待つ機関車C12 208号。ちなみにこの機関車はのちに大井川鐡道に搬送されたが、他の動態保存機でのスペア部品用としての役割であった(涙) 部品の多くは、今も大井川鐵道の他の蒸機たちの部品の一部に生まれ変わって活躍中という裏話がある。

【ひとこと】
・当時の写真、切符そして弁当のラベルを見ると感慨深い。あの頃はフィルム1本、カラー写真1枚のプリントが高価だったので、一枚一枚悩みながら撮影していたのも懐かしい思い出である。今のようにデジカメで気楽に何枚も撮り、その場で結果が見られる時代が来るとは想像もできなかった。ネガを廃棄してしまったのが惜しまれる。

・しかし40年が経過しても自分がやっている事が当時と殆ど変らない事に感心する(笑)。何とかして費用を最小限に抑え、限られた旅行日数を最大限に活用しようとする努力・・・・今後も暫くは(永遠に?)飽きもせず続けていくのだろう。
プロフィール

Nam Tok

Author:Nam Tok
・鉄道と山を求め、自由気ままに歩き回りたい・・・最近はアジアの乗り鉄、撮り鉄を楽しんでいます。また山登りも、自分の体力・技術にあわせ学生時代から続けています。
・このブログに立ち寄って頂きありがとうございます。鉄道と山の魅力が少しでも伝われば幸いです。
・ちなみにNam Tokとはタイ語で「滝」の意味です。そしてタイ国鉄にはNam Tok線があるだけでなく、Nam Tok駅も存在します。更に、タイ料理で肉、ハーブ、炒った米粉を和えたサラダもNam Tok(大好物!)であり、名前に拝借した次第です。

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